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男性中心社会になったのはなぜ?

なぜ人間社会は長いこと男性中心的なんだろうか。女性の地位はずいぶんと向上したけども、まだまだ男性との均衡がとれていない。国会に行けばほとんどの議員が男性、企業の上司の多くは男性、トップレベルの大学にいっても多くが男子学生。一方で、私達と祖先を共有するボノボやよく動物園で見る象は、女性中心的な社会を築いている。両者の違いはどこにあるのか。

まずよくとりあげられるのが、「力」。男性のほうが一般的に筋肉が多いので、力で女性を抑圧することができる。しかし、あくまで「一般的」であり、中には男性よりも重いリフトを持ち上げる女性もいるし、「一般的」に女性の方が忍耐強い。病気や飢餓、疲労に対しては女性の方が抵抗が強く、出産するときに痛みで男性は気を失うとまでさえ言われている。

力のあるものを上としたら、現代社会が成り立たなくなってしまう。二十歳の男性は六十歳の男性よりも筋骨たくましいが、私達がよく目にするのは、六十の男性の方が上だ。

また、大きな犯罪組織には図体が大きな部下がいるが、ビッグボスはその中でも最も力がありそうとはいえない。統率能力の高い、部下に比べると少しひ弱な感じ、ってところだろう。

加えてリーダーの周りにボディーガードがいる理由もよくわからない。

 

つまり、人間社会で上に立つものは、社会的な能力や統率能力の高い者といわざるをえないだろう。男性が女よりも「力」で勝るため、高い地位に登りつめたというのは信じがたい。

 

「攻撃性」が原因という説もある。歴史的に、男性は女性よりも暴力沙汰に介入することが多かった。狩りから戦争まで、血の滲む仕事は全て男性がこれまで請け負ってきた。そのため、戦争はどこにいっても共通して存在し、男性中心主義も全ての場所で存在するというわけだ。しかし、この説にも限界がある。兵士の全てが男性ならば、戦争で得た利益も男性が手にするということだろう。しかし、植民地時代にたらふく働いたのは黒人であり、その実を齧ったのはプランテーションのオーナーは黒人ではなく白人だ。黒人が白人にコントロールされるのならば、男性が女性にコントロールされる統治機構がひとつやふたつあってもおかしくないはずだ。しかし、歴史上ひとつもみつからない。つまり、この説にも限界がある。

 

最後の説は両性の生物的役割に根ざしている。男性は子孫を残すのに、魅力的な女性を見つける必要があり、他の男性と競わなければならなかった。男性は時代とともに、志高く、攻撃的で、競争的な生き物に進化していった。

一方女性は、子孫を残すためには、子育ての期間が長いため、その間にえさをもってきてくれる男性を必要とした。人間が生き残るためには、両性が協力して分担する必要があり、それぞれがその仕事の効率を分担すればするほどたくさんの子孫を残すことができるようになった。そのため、男性はさらに野心的になり、女性は世話をする能力を備えた。つまり、能動的受身的関係が生まれ、男性の競争的な側面が社会を牛耳るようになったと。

しかし、それが本当なら、「オスがえさを与え、メスが子供を育てる」構造をもつその他の動物にも当てはまるはずなのだが、これがうまくいかない。私達と同じ祖先を共有するボノボはもっぱら同じ社会構造なはずなのに、メスが社会を支配している。なぜ人間にはおこらなかったのか。

 

書いていて思いついたのだが、もしかしたら食事が関係しているのかもしれない。私達は昔から肉を食べてきたが、肉は狩猟という男性的な役割が取れるものだから、男性の力を必要とする。対して草食であれば、女性は男性に頼らなくても、女性同士のコミュニティで賄えるため、男性を生殖時以外必要としない。ボノボは何を食べていたのだろう。